私がそれまで個人的に行ってきた調査は、主としてインペリアル・グループの事業に関するものでした。つまり、フレイザーやブルックの説明に嘘はなかったか、本当に目論見書に反する違法な投資はしていなかったかなど、もっと端的に言うならば、本当に私は彼等に騙されてはいなかっただろうか、と言うものでした。実際フレイザーやブルックにはいろいろな場所で何度も直接会い(彼等と良く会うようになったのはこの問題が起こってからの事です)、彼等の目を見、態度を観察し、声の調子を聞いて総合的に判断しようとしました。フレイザーとブルックとはそれぞれ個別に、機会を変えては同じ質問を何気なくして矛盾はないかを探りました。周辺の関係者から話を聞くときは、私が本当は何に関心を持っているかを悟られないよう、無関心を装って単なる世間話に思わせるなど随分工夫もしました。また知りたい事に関してストレートな質問をするのではなく、周辺事象の無数の断片を繋ぎ合せて、全体像を浮かび上がらせるように心掛けました。そのため一つの事を確認するだけで随分と時間が掛かりました。特に私が注意を払ったのは、彼等の過去の発言と現在の発言に矛盾はないか(相応な理由があって話が変わるのは矛盾ではありません)、どこかに一貫性の欠けたところは見られないかでした。このように彼らに対しては、今から考えれば随分失礼な態度で接したのですが、その結果いま私が断言できる事は、誰でも言うようなちょっとした方便のような嘘(たとえば今忙しいからなどと言う)はあったものの、いわゆる詐欺のような犯罪的な嘘は微塵もなかったと言う事です。もう一歩踏み込んで言うならば、彼らはたいそう正直な人達であると思います。
一方前述のように、マザールに対する不信感は急に増してきたため、2003年初頭以降はマザールの清算行為や、マザールの取引先、協調者等に関する情報を集め始めました。その結果、様々な驚くべき事が判明し、ここに至ってマザールの不法行為はもはや完全に疑う余地がなくなりました。未だ不正構造の詳細が全て解明されたと言う訳ではありませんでしたが、それまでに投資家が全く知らされていなかった余りにも多くの不正事実が判明し、少なくとも不正の構造の大局は見え始めてきていたため、それを日本の投資家に報告すべく2003年8月に池袋で説明会を行う事にしたのです。しかし、我々のように利用できる資金も資源も限定されている個人が、マザールのような大きな組織に正面から立ち向かうのは蟷螂の斧に等しい事です。従って、なるべく多くのマス・メディアにマザールの不正行為の実態を知ってもらい、これを急速に国際化された現代社会において日本人が直面し得る、新たなリスクの一つとして取り上げてもらう事ができれば、それは投資家保護の強力な側面支援となるであろうと言う期待の下、マス・メディア各社に説明会への出席と取材を許したのですが、結局この説明会は心無い一部の投資家達にかき回されて散々な結果に終わってしまいました。
勿論、このような事は私一人だけで考えたのではありません。敢えてお名前は出しませんが、非常に大金を投資しておられた方の助言と全面的協力があったのです。その投資家と私は共に日本人でありながら英国居住者であり、従って英国の諸事情に詳しいと言う共通点がありました。英国の報道界(特にテレビ)には、特定分野のスペシャリストを登用して完全に独立した調査を、入念且つ徹底的に行い、政治家・大企業の不正や社会の不正義を辛らつに暴く、極めて真面目で優秀な番組があります。これはいわゆる暴露番組などではなく、全く次元の違う遥かに高度なものです。我々にはそれが頭にあったため、日本の報道界にも同質の報道姿勢と番組作成能力を期待したのです。しかし日本の報道関係者には独自調査をする意欲も能力もなく、ただ一部の人間が詐欺だと言って騒いでいる事のみを取り上げ、ジャーナリスティックな誇張と不正確さに満ちた安手の三面記事に仕立て上げてしまいました。私が彼等に求めていたのは、事件の全体像を見抜く大局観と、真実に対する真摯な追及姿勢だったのですが、彼等が求めていたのは、単にスキャンダルとして紙面を飾る事のできる、一過性のネタに過ぎなかったのです。これは非常に失望させられる不本意な経験でした。しかし記者クラブに陣取って、与えられる情報を取り落とさないよう、とにかく他社と横並びで流す事だけに腐心しているような記者諸君には、所詮無理な注文だったかも知れません。我々に取っては債権回収戦略上、最大の誤判断であった事を認めざるを得ません。