蓋を開けてみたら1億ドルしかなくて、2億ドル以上が消えていたというのが、マザールが当初主張していた理屈です。残りの2億ドル以上は、自分たちやブローカーに対する給料や報酬で、使われてしまっていてもうないと。二百数十億円を自分たちの贅沢に使ってしまったというのは、さても乱暴で随分と無茶な理屈ですが、マザールとしてはどうしても自分たちの理屈に合うような、詐欺師という悪役を作り上げたかったのでしょうね。
冷静に考えて見ましょう。もし二百数十億円を2年やそこらでネコババしたのだとすると、かれらは恐ろしく目立つような贅沢な生活にふけっていたか、あるいは普段の生活ではおとなしくしていても、どこか海外には隠し口座を持っていて、そこにたんまり溜め込んでいたかの、どちらかしかありません。しかしかれらの実際の生活はいわゆる贅沢とは程遠いものでした。フレイザーは本社の敷地内にあった昔の兵舎を自宅に改造して使用していましたが、なにしろ元が元ですから、個人宅として使用するには巨大だというだけのもので、愛想もなんにもない、金持ちのライフ・スタイルからは程遠いものでした。またブルックは村はずれの田舎屋を買い取って使っていました。こちらは元々民家だったため普通のウチですが、これもただ広いというだけで設備もふるく、高級感のかけらもない古家でした。以外に思われるでしょうが、その三畳あるかなしかの一番狭い日当たりの悪い部屋が、彼の書斎でした。
ではこれらは世間を欺くためのポーズでしかなく、どこかスイスあたりに大金の隠し口座を持っていたのでしょうか、これに関してはマザールや警察、SFOなどが総力を挙げて暴こうとしましたが、いうまでもなく何も発見できませんでした。結局そんなものはどこにも初めからなかったのです。マザールの嘘に捜査当局が踊らされただけです。(実はマザールの背後には、本当の諸悪の根源が隠れているのですが、それについては後述します。)イラクが幾ら気に入らない国であったか知りませんが、大量破壊兵器が存在する確証があると根拠のない主張をして、独立主権国家に対して国連憲章違反の戦争を無理やり仕掛けた挙句、もう完全に破壊しつくしてしまった後になって、あれは間違いだったとアメリカもイギリスも今になって公式に認めていますが、彼らの行動パターンには何やら類似性を感じませんか。
話を戻しましょう。生活が贅沢でもない、また隠し口座もないとなると、二百数十億円の金はどこへ行ってしまったのでしょう。インペリアルが完全に成長軌道に乗り、大きな資金を預かるようになったのは、2000年の冬ごろからでした。つまりそれ以前の預かり資産の運用規模は、マザールが闇に消えてしまったと主張しているような桁の金額ではありません。だからマザールが言うように、もしフレイザーやブルックが横領・着服をしたのであれば、それは2000年冬以降からの事でしかあり得ません。でも、それからグループが潰されてしまった2002年の6月までのわずか一年半とちょっとの間に、飲み食いその他の遊興で二百数十億円を使ってしまったと本気で信じる人はいないでしょう。
さて遊興費で消えた訳でもない。贅沢なライフ・スタイルに消えた訳でもない。(マザールは実に滑稽なことに、自家用ジェット、ヨット、別荘、高価な美術品、果ては麻薬の類まで、およそ犯罪資金が使われそうなものは必死で探し回りました。少なくとも探しまわる振りをしました。それにしても余りもの安手の発想には呆れます。多分ピカレスク小説の読み過ぎなのでしょう。彼らが「調査」のためと称して世界中を一等旅行して歩き周り、仲間にもふんだんにばらまいた経費は、もちろん皆さんに返されるべきであった資金から払われています。彼らは恐らく生まれて初めて、一流のビジネスマンにでもなったような、あるいはジェット・セットの仲間入りをしたような高揚した気分を、一時的には楽しんだ事でしょう。)そして隠し口座もなかった。と言う事は、マザールの言っている事は全然当たっていないじゃないか。そう、初めから全て嘘だったのです。