嘗てブルックは私に対し、『我々(フレイザーとブルック)には夢がある。それは第二のリチャード・ブランソンになる事だ』と言った事がありました。ご承知の方も多い事と思いますが、リチャード・ブランソンは17歳で高校を中退後、誰も成功するとは思っていなかった独創的なアイデアをもって、34歳の若さでヴァージン・アトランティック航空を設立し、今や世界有数のコングロマリットであるヴァージン・グループを一代で作り上げた、近年のイギリスのビジネス界では最大の実業家です。フレイザーとブルックも彼等の夢の実現を目指し、二人とも寝食を忘れて働いていました。彼等の柔軟なアイデアから生まれた独創的なビジネスが、比較的短期間にこれだけの急成長を遂げたのですから、その過程で事業の成長速度に追いつかない不備な点が幾つか出てきたとしても、それに目くじら立てて咎めるのは酷と言うものです。前にも申しましたように、私はSFOからいろいろな話を聞いた結果、彼等が何かの規則に抵触した可能性は、大いにあり得ると思っています。確かに違法は違法に違いありません。しかしより本質的な問題は、それが意図された犯罪行為であったのか、それともうっかり犯してしまった違反であったのか、ではないでしょうか。もちろん、仮令不注意によるミスであったとしても、罪の軽重は別として違法行為には違いないのですから、その故に彼等が有罪とされる可能性は十分にあると思います。寧ろ彼等を起訴したSFOの立場としては、そうにでもしなければ本件に幕を引く事ができないのではないかと思います。
我々が暮らしている自由で民主的な社会においては、決められたルールを守ると言う前提があるからこそ、行動の自由も保障されている訳です。ルールを無視して社会は成立し得ません。しかし、ルールを杓子定規に適用すれば正義が達成されるほど、我々が営んでいる社会が単純なものではない事も、一方の真理です。法律の規定するところには則っているものの、どう考えても我々の自然の感覚がそれを受け入れない、と言う例は幾らでも身近に存在します。合法的ではあるが極めて非倫理的な事も、違法ではあるが非倫理的とは言えない事も、我々が生活する実社会の中には幾らでもあるのです。インペリアルの例で言うならば、フレイザーやブルックが役員資格停止期間中に、うっかり違法に役員をやっていた事、また幾つかの小さな不手際によるルール違反があった事と、ライアンやウッドが合法的清算人と言う立場を悪用し、積極的に嘘を重ねながら自らの利益を図った事とでは、どちらがより重い罪に当たるのか、事の本質を考えてみれば答えは明らかです。
従ってフレイザーやブルックが微罪を犯したかどうかなど、少なくとも私にとっては全くどうでも良い事です。私自身が二つのシナリオの間で板挟みとなり、確信が持てるまで慎重に時間を掛けて調べようと思っていたのは、(マザールが何の根拠もないまま一方的に主張してきたように)フレイザーとブルックには初めから償還意図がないままファンドを募集し、どこかの秘密口座に飛ばして私腹を肥やしたのか、それとも(フレイザーやブルックが主張しており、今や幾多の証拠が示しているように)腐敗した清算人の無知、無能力もしくは意識的な不正行為の故に、投資家の資金が失われてしまったのか、と言う事でした。簡単に言えば、投資家の金はフレイザーやブルックに騙し取られたのか、それとも全く別の理由から失われてしまったのか、これこそが投資家に取っては問題の核心の筈です。私は厳密ではあるものの無機質な条文の解釈や、現実離れした純粋な法理には興味がありません。何故ならばそのようなものが被害者を救済するとは思えないからです。
前にも述べたとおり、フレイザーやブルックは優れて柔軟で、独創的な事業アイデアに溢れてはいましたが、経営上の落ち度がなかったとは思いません。フレイザーやブルックが最も優秀な経営者であったかと問われるならば、間違いなくわたしは「否」と答えるでしょう。しかし、もしフレイザーやブルックが投資家の金を騙し取ったかどうかと問われるならば、今の私は100パーセントの自信をもって、そんな事は絶対にあり得ないとお答えできます。私自身インペリアルには相当の債権を持っており、もちろん未だに一銭も返ってきてはいませんが、それでも私はフレイザーとブルックを支持し続けます。変わったところもあるかも知れませんが、彼らは本質的に正直な人間であると、私は思っています。
ご承知のように今イギリスではフレイザー、ブルック、ゴドリー、その他2名が起訴されています。しかし容疑の詳細は全く明らかにされていません。一方我々は清算人達の不正の証拠を提出する用意がありますが、我々の清算人達に対する訴訟は現段階ではまだ起こされてはいません。清算人達の不正の証拠をフレイザー達の裁判においても使うか、それとも我々自身の裁判が始まるまで温存しておくか、それはクレジターズ・マネッジメント・アソシエーションの役員会の判断ですが、こちらが提訴を予定している相手に手の内を見せる事ありませんから、恐らく我々自身の裁判まで温存しておく事になるでしょう。しかし今この時点においてそれらが未だ法廷に提出されていない、即ち現段階では公知の事実になっていないと言うだけの、純粋に技術的な理由によって我々数百名の債権者の意見と立場が無視され、ライアンやウッド、あるいはワイドやホルコフに対する調査が何も行われなかったとしたら、それは社会正義の追求とは程遠い片手落ちな裁判であると言わざるを得ません。